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札幌地方裁判所岩見沢支部 昭和27年(ヨ)20号 決定

申請人 相沢忠良 外九名

被申請人 三井美唄炭鉱労働組合

主文

被申請人組合が昭和二十七年六月十五日申請人等に対してなした除名処分は本案判決確定に至る迄仮りにその効力を停止する。

(無保証)

理由

第一、申請の趣旨

申請人等代理人は主文同旨の仮処分を求めた。

第二、事実の概要

疎明並に審訊の結果を綜合して一応次の事実を認めうる。

(一)、申請人等は何れも三井鉱山株式会社美唄鉱業所(以下会社と称す)の従業員で昭和二十七年五、六月当時同鉱業所の従業員を主体として組織する被申請人組合(以下組合と称す)の組合員であつた。而して当時申請人山形は組合の職場委員、申請人大久保は代議員に選ばれていた者であり、申請人広谷、深田、宮崎は元代議員に選ばれたことのある者である。

(二)、会社は組合の赤化防止を主眼とし一般従業員の人格識見の向上を図るとの理由により昭和二十七年五月二十二日より同月二十八日迄神奈川県江の島旅館に於て従業員特別講習会を開催することとなり同年同月八日組合幹部に対し口頭で右講習会開催の要領を告げ組合より受講者を推せんするよう申入をした。

(三)、右講習会は申請人等と共に会社の砂川及び芦別鉱業所の従業員合計三十数名を集め鍋山貞親外六名を講師とし「戦後の労働運動の傾向とその現状」「マルキシズムの解剖とソ連の実態」「国家自衛力の諸問題」「日共の動向」「中共を中心とする極東情勢」「国際情勢と日本の地位」「労使関係と事業防衛」等の主題について講演及び質疑応答が行われたのであるが受講者の旅費滞在費等は業務命令による出張扱として総て会社において負担したのである。

(四)、組合は会社の右申入に対し同月十七日本部委員会を開いて検討した結果

(1)、組合員の教育は組合がすべきで会社のなすべきことではない。

(2)、会社が其の負担に於て多大の経費を払い少数の特定組合員を遠隔の景勝地に集めて教育しようとするのは明らかに組合の団結権の弱体化御用組合化を企図するものである。

との理由で右講習会に参加しないことを決定し其の旨即日会社に通告すると共に全山に公示した。

(五)、会社は組合の執行機関より右の如き不参加の通告を受けたが従業員に対する前記の如き講習会は経営権に基き組合の反対があつても当然開催し得るとの解釈の下に同日申請人等に対し直接受講の勧誘をした。組合幹部は右情報を得たので同月十九日申請人高島、深田、宮崎を除く其の他の申請人の参集を求め組合が不参加に決定した理由を説明した上会社の勧誘を断るよう要請すると共に同日組合の執行委員会を開催して若し申請人等が組合機関の統制に服しないなら組合規約による厳重なる処罰に附すべきことを決議機関に提案する方針を決し申請人等にその旨通告するところがあつた。

(六)、然しながら申請人等は従来数回会社主催の同種の講習会が北海道内で開催されたが多く問題にならなかつたのと、組合幹部の中には組合員として参加することは許されないが個人として参加するのは自由であるかの如き言辞を洩す者もあつたので処罰に値するほど組合の統制をみだす行動とは考えず又この機を逸しては終生東京江の島方面を見物することは望めなくなるかもしれないと考えたので前記の如き組合執行機関の通告を無視して同月二十日江の島に向けて出発した。

(七)、ここにおいて組合は同月二十一日代表委員会(組合大会に次ぐ組合の議決機関)を開催して執行委員会の方針を確認し申請人等の行動は組織の統制を乱し組合の団結力を弱めるから最後の努力を傾けて飜意を促しなお応じない場合は除名に値するとの決定をなすに至つた、その結果申請人等に対し打電したり在東京の上部組織を通じて申請人等の帰山を促したが申請人等は既に出発後のことではあり左程事態を重大視していなかつたので予定通り講習を了え同年六月一日帰山した。

(八)、組合は同年六月十五日臨時組合大会を開き申請人等の前記行動は組合規約第五十三条所定の「組合の統制を紊し」た場合に該当するものとして同規約第五十四条に従い除名処分に附する旨決議し同月十七日其の旨申請人等に通知すると共に会社に対しては労働協約第十三条に規定しある所謂ユニオン・シヨツプ協定に基き申請人等の解雇を要求する旨の意思表示をなした。

第三、当裁判所の判断

(一)、統制違反の有無について

申請人等が組合の禁止決議を無視して本件講習会に参加したことが組合の統制を紊したものと言い得るかどうかにつき判断する。そして、その判断をするについては、先ず、組合の禁止決議が有効かどうかを考えて見なければならない、そこで問題となるのはこの講習会の内容であるが、それは一応反共的政治教育と目すべきものであつて、しかも反組合的なものではない、従つて、斯様な講習会を会社が開催することも又組合員である申請人等がこれを受講することも一応は自由と言わねばならない。しかしながら講習会の内容自体には反組合的なものがないとしても、その開催が組合の団結に影響を及ぼすおそれのある方法をもつてなされた場合には、組合は組合員がその講習会に参加することを禁止することが出来るものと考える、この見地に立つて本件講習会の開催の方法を見ると、それは江の島という遠隔かつ景勝の地を選び極く少数の従業員を限つて行われ、しかも会社の業務命令により出張したものとして扱われ、受講者の旅費や滞在費等は総て会社において負担しその間の賃金も保障されている、自費をもつて江の島見物をすることは多く望み得ないような従業員に対し以上のような方法で受講させることはその者に経済的恩恵を与えるものと認めざるを得ないのであつて、かくては、反証のない限り、受講者と他の組合員との間に嫉視反目を生じ延いては組合の団結を阻害し又受講希望者はその選に入らんため会社の意を迎えんとして組合の自主性を害し、その統制を紊すおそれあるものと認めざるを得ない、尤も会社は本件講習会の開催に先だち受講者の人選について組合の意見を聞こうとしたがその協力を得られなかつた事情が窺われるし、又会社が積極的に組合の分裂や御用組合化を企図するため本件講習会を利用する下心があつたものとは認め難いが、これだけの事情だけでは前記の認定を覆すには足りない。

斯様に見て来ると申請人等が組合機関の決定を無視して前記講習会に参加したことは組合規約所定の処罰事由たる「組合の統制を紊したもの」に該当すると云わなければならない。

(二)、除名処分の効力について

そこで、更に進んで処罰としての除名処分が有効かどうかを判断する。

元来統制を紊した組合員に対する制裁は本来組合内部の自己統制の問題であるから組合の自治を尊重しなければならないことは勿論だが、その自治にも社会通念による限界のあることは当然と云わねばならぬ、特に除名は組合員を組合から追放し、組合員としての身分をはく奪するものであり、かつ、刑罰における死刑にも相当する極刑であり、殊に本件の如くユニオン・シヨツプ約款のある場合における除名は従業員たる資格の喪失をも招来する重い制裁であるから、組合の主観的判断のみによつて決することは許されず、客観的妥当性のある場合であることを要する。

この見地に立つて、本件につき特に左の諸事情を参酌勘案すると本件除名決議は酷に失し妥当性を欠くものと云わねばならぬ。

(イ)、会社のこの種講習会は今回迄に既に三度道内で開催されて居りその都度組合員たる従業員が五乃至十数名参加している、然るに組合はこれまで不参加の決議をしたり受講者の処罰を問題にしたことはなかつた。

(ロ)、今回の講習会に於ても砂川芦別両鉱業所に於ては何等問題なく会社組合間了解の許に各組合員が参加している。

(ハ)、申請人等の出発に先立ち組合幹部は申請人等が組合と関係なく個人としての立場で各自の意思に従い受講することを組合が黙認するかの如き瞹昧な態度を示した。

(ニ)、右のような事情により申請人等は本件講習会に参加することが処罰に値する程の統制違反とは考えず軽い気持で参加した。

(ホ)、申請人等には嘗て反組合的な言動をなした事実も認められず今回も帰山後陳謝の意を表明している。

(ヘ)、申請人等の除名が討議された組合大会において意見を述べた某が申請人等に「組合を除名されても平気だ」というような甚しい反組合的言動があつた事実に反し誇張して報告したため一般組合員の感情を害したと認められる節がある。

右のような諸事情に組合がこれ迄組合員を除名した二、三の先例をも比較し、又会社と組合間にユニオン・シヨツプ協定が締結せられおる点等を彼是勘案すると仮令申請人等に組合の統制を紊した責任があるとしても警告、譴責、山内公示等の処罰を考慮することなく最も重い除名処分に附したのは著しく過酷に失するものと云うべく組合自治の限界を逸脱した無効な処分と解さざるを得ない。

(三)、仮処分の必要性

申請人等代理人は

(1)、組合は本件除名処分に基き既に会社に対し申請人等の解雇を要求しているので申請人等はいつ何時解雇処分を受けて生活の経済的基礎を失い家族諸共路頭に迷うかも知れない重大にしてかつ急迫した危険に曝されている。

(2)、申請人等の居住地域は会社の社宅のみで構成されている炭鉱特有の事情にあるので他の社会と異り勤務上は勿論のこと私生活上も終始他の組合員と密接な交渉を余儀なくされ、彼等の白眼視と圧迫により申請人等は四、六時中他の社会に見られないような深刻な精神的苦痛を味つている。

(3)、申請人等は先に発せられた解雇禁止の仮処分命令により従業員としての地位を辛うじて保持している現在に於ても組合員たる地位に伴う一切の恩恵をはく奪されているので其の生活に及ぼす影響は甚大である。

と主張するが、解雇失業に伴う経済的危機の急迫性は当裁判所が会社に対して先に発せる解雇禁止の仮処分命令により一応解消したものと云はねばならない。

然しながら申請人等が除名により蒙る精神的苦痛は炭鉱の特殊事情と相俟つて他の職場社会に見られない深刻なものであろうことは容易に察知し得る所で仮処分の必要性は存在するものと云わねばならない。

果して然らば申請人等の本件仮処分申請は一応理由があるので主文の通り決定する。

(裁判官 田中登 雨村是夫 隅田誠一)

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